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日熊行燈

枕元にカステラを置いて寝ています

3ヶ月前に書いた小説

目が覚めると私は列車に乗っていた。古ぼけた車両の窓から黄土色の草原が通り過ぎていくのを見た。これまでのことは思い出せなかった。自分が誰かも。そんなこともあるだろう。不思議に落ち着いていた。ポケットから煙草を取り出すと、安物のライターで火を着けて吸った。なるほど、日常の習慣は覚えているらしい。差し込んでいた夕日の光に煙が重なった。美しいと思った。乗客は誰もいなかった。

列車を見てみよう。食堂車があるかもしれない。食堂車では価格に不相応の料理にありつける。悪い意味で。ただそれが美味しい、旅情を感じさせる。

他の車両に移った。また誰もいなかった。このまま通りすぎ、食堂車で列車旅の醍醐味を味わおう。ああ残念、車両に視線を戻すと人が立っていた。日本人だった。

「どうもこんにちは、この列車で初めて人に会いましたよ」

「ほう、私は何回もあっていますよ」

「この先にはもっと乗客がいるのですか?」

「いる時もありますし、そうでないこともあります」

「ところであなたは自分がどんな人間だったか覚えていますか?」

「私が覚えているのは死ぬ瞬間だけです。入院していました。私は白髪で痩せこけた身体を、自分の行いへの報いだと考えていました。そして急に痛みがはじまり、ナースコールを押しました。そのまま気絶してここに来ました。」

 

私の死に際の記憶は何だっただろう。紐をくくって蝶番にかけ、首を吊った。それでオダブツ。シンプルだが良い手際だ。あまり抵抗しなかった。人生に立ち向かって行こう、とかそういう抵抗を。

「ベッドの上で死ねるなんていい死に方じゃないで―」

男は消えていた。困ったもんだ。本が欲しい、少なくとも列車内では。本?

私は本が好きだったな。ラテン文学。千回負けて英雄になったアウレリャノ大佐。

誰かが置き忘れたような本はないだろうか、結局私の最初の席に『グレート・ギャッツビー』が置いてあった。『夜はやさし』を原文のままで読もうとして読めていなかったことが頭に浮んだ。俺は思った、この状況が小説だったとしても『グレート・ギャツビー』が象徴するようなものは何もない。ただ淡々と、人が動作したり何か哲学を語りだしたり、そこでフェードアウト系のオチで終わっていく。成功や長年の愛など関係のないストーリーだ。

 

「今までわかったのはこういうことだ」

 

「何かのきっかけがあれば過去を思い出せる、人が出たり消えたりする。」

つまり誰かが顔を見せたら何か話を振る、そうすると過去に近づける。列車から出ればいいんじゃないか。この列車はさっきから止まることはないが、非常用ボタンでもあるのではないだろうか。

「非常用ボタンはないよ」

インド系の人が突然訳知り顔で言った。

「この列車からは出れないよ、ずっとどこかを回り続ける、それだけだ」

そして消えた。逃げ足の早いやつだ。少し見覚えがあった。マレーシアに訪ねた時のカフェ店員だ。コーヒーを割り引いてくれたいいやつだった。

俺は死因を覚えていて、どこに着くこともない列車に乗っている。なるほどあの世ってわけだ。随分あの世もチープなもんだと思う。食堂車に行こう。せめて。